ラミダス猿人の名で知られるアルディピテクス・ラミダスの化石は、1992年のエチオピアで発見されました。
発見された化石はそれまで最古の人類と考えられていたアウストラロピテクスよりもさらに古い時代のものであることが判明し、人類進化に関する研究に大きな影響を与えることになったのです。
ラミダスの化石には類人猿に共通する特徴がいくつか見られましたが、同時に現代人にも通じる人間らしさ誕生の兆しも見えました。
その「人間らしさ」とは一体なんでしょう?
今回は、化石発見の経緯、化石から見えてきたラミダス猿人の夫婦関係や社会行動についてお伝えします。
ラミダス猿人発見の経緯
1992年12月17日、エチオピアのアファール地方で発掘調査をしていた東京大学の諏訪元らのチームが、化石人骨と見られる上顎部臼歯を発見しました。この発見がきっかけとなり、乳児の下顎片、上顎犬歯を含む歯の化石10数点、頭骨や腕の骨の断片などが相次いで発見されました。
化石が発見された場所が約440万年前の地層であったことから、これまで知られていたアウストラロピテクス属の最古の種よりもさらに古い猿人であることが分かり、1994年9月にネイチャー誌に論文が掲載されました。
なお、ラミダスとはアファール民族の「ルーツ」を意味する言葉です。アウストラロピテクスとは別の属である可能性も指摘されましたが、この時点では証拠不十分であったため、アウストラロピテクス・ラミダスとして発表されました。
論文発表からわずか2ヶ月後の1994年11月、後に「アルディ」と名付けられる化石人骨が発見されました。この化石には重要な部分が多くが残っており、ラミダスをアウストラロピテクスとは別の属に分類する見通しがたったため、アルディピテクス・ラミダスの学名が付くことになったのです。
その後、諏訪教授らの研究チームは10年以上の歳月をかけてアルディを解析し、全身骨格の復元に成功。身長120センチ、体重50キロ、脳の大きさは300〜350cc。アウストラロピテクス(500㏄程度)より小さく、チンパンジーよりに近いことが分かり、2009年10月2日付のアメリカ科学誌サイエンスにアルディの全身像ならびに生息に関する最新の研究成果を発表したのです。
ちなみに、世紀の大発見ともいえるラミダス猿人の化石発見は当時として最古の人類だったものの、アルディの解析と復元に時間を要したことにより、2009年の発表時には最古の人類とはいえなくなっていた点はとても残念なことでした。
1997年にはラミダスの化石が発見された地層よりも古い地層(約580万〜約520万年前)からアルディピテクス属の別種「アルディピテクス・カダバ」が発見され、さらに2001年には現在において最古の人類だと考えられている約500万年前〜約700万年前に生存していたサヘラントロプス・チャデンシスが発見されたのです。
ラミダスの骨格
アウストラロピテクスよりも古い時代に生存していたと考えられるラミダス猿人の骨格は、チンパンジーなどの類人猿に共通する特徴と、アウストラロピテクス以降の人類に共通する特徴の両方が見られます。
人類に共通する特徴
- 大後頭孔が頭蓋骨の下方にある
- 骨盤の上部(腸骨)は横方向に長い
- S字状にカーブした背骨
- 足指の関節が上向きに曲がるようになっている
類人猿に共通する特徴
- 骨盤の下部(坐骨)は類人猿と同様に長い
- 土踏まずがない
- 母指対向性がある足
- 脳容積が小さい(300〜370cc)
骨盤比較画像(左から右へ:チンパンジー、ラミダス、ホモ・サピエンス)
上図の通り、ラミダスの骨盤は現代人に近い幅広の構造になっています。これによって二足歩行時に胴体を安定させることができたと考えられています。
なお、母指対向性とは、親指が他の四指と向かい合う配置になっていることです。これは、ラミダスが足の指でも枝をつかめたことを意味します。また、土踏まずがないことから、地上を歩き回るのに特化した足であったとは言えないでしょう。
さらに、チンパンジーやゴリラほどではないものの、ラミダスの脚の長さは腕の長さに対し比較的短いことが骨格から見て取れます。
これらの事から、ラミダスは地上と樹上の両方で生活するのに適応した体の構造を持っていたと推測されています。
一夫一妻制の確立
さて、アルディピテクス・ラミダスの骨格には直立二足歩行への過渡期とも言える進化を見ることができましたが、ラミダスの化石にはそれとは別の進化につながる特徴も見られたのです。
犬歯の退化
チンパンジーのオスは鋭く尖った大きな犬歯を持っています。メスをめぐるオス同士の争いは激しく、時には相手を殺してしまうことも珍しくはありません。それに対してラミダスのオスの犬歯は小さく(現代人とチンパンジーの中間くらい)、メスとの明確な違いもありませんでした。
性的二型は小さい
ゴリラのオスの体重はメスの2倍以上になり、強いオスがメスを独占する、いわゆる一夫多妻の社会です。ゴリラのように、オスとメスの体重の差が著しいことを「性的二型がある」といいます。一方、単雄単雌(一夫一妻)の社会をつくるテナガザルでは性的二型はほとんどありません。ラミダスの性的二型はは比較的小さく、オスの体重はメスの1.2倍程度(チンパンジーや現代人と同程度)だったことが分かっています。
以上の2点から、ラミダスのオスはメスをめぐる争いをしなかったと考えられるのですが、そうなるとオスはどのようにしてメスにアピールしたのでしょうか。
そこで登場するのが直立二足歩行。
というのも、移動手段としては四足歩行の方がはるかに効率的ではあるものの、二足歩行することで手を自由に使うことができ、果実やイモなどを効率よく運ぶことができるようになったのです。そして、その持ち帰った食料を捧げることがメスへのアピールになったと考えられるのです。
この説は「食物供給仮説」と呼ばれ、オスが特定のメスへ食べ物を運び、メスは性的にオスを受け入れ、オスはメスが育てる子どもを自分の子どもだと信じるようになったとも考えられています。
一夫一婦制(単雄単雌)ともいえる夫婦関係ですが、これはまさに人間らしさの象徴ともいえます。
この人間らしさ誕生の兆しが、初期人類の時代、脳が大きくなりはじめる以前に現れていたことは驚くべきことでしょう。
参考文献
- 東京大学総合研究博物館、B45 ラミダスのタイプ標本、2024-09-30、 https://www.um.u-tokyo.ac.jp/UMUTopenlab/library/b_45.html
- 二足歩行が人類の配偶関係を変えた? | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト、2024-09-30、 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/1757/
- 土屋 健、サピエンス前史、講談社[ブルーバックス]、2024、ISBN 978-4-06-535250-2
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