数学の世界には、証明されるまでに100年以上かかったものから未だに解決されていないものまで、超難問と言われる問題がいくつか存在します。その中で最も有名なのは、数学史上最大のミステリーと呼ばれたフェルマーの最終定理でしょう。
解決に要した年数はなんと350年以上。そしてその証明において重要な役割を果たしたのが日本人だったのです。
今回はそんな「フェルマーの最終定理」についてお届けします。
証明までの道のり
ピタゴラス
まず、下記の図を見てください。
皆さんご存知、中学校の数学で教わる三平方の定理ですね。
直角と隣り合う2辺の長さをそれぞれa、b、斜辺の長さをcとする直角三角形において、a2 + b2 = c2 が成り立つという定理です。
a2 + b2 = c2 を満たす3つの自然数の組 (a, b, c) のことをピタゴラス数と呼び、(3,4,5)や(5,12,13)など、その組み合わせは無限に存在します。
建築現場では昔から3:4:5の比率の三角形が直角三角形であることが良く知られており、直角を出す時に利用されていました。
ちなみに、大工さんの世界では三四五(さしご)などと呼ばれています。
余談ですが、三平方の定理はピタゴラスの定理とも呼ばれているので、古代ギリシャの数学者、ピタゴラスが発見したと思われがちですが、実はピタゴラスが生まれる1000年以上前からバビロニアや中国で利用されていたことがわかっています。
しかし、この定理が全ての直角三角形で成り立つことは知られていませんでした。
この定理がピタゴラスの定理と呼ばれるのは、全ての直角三角形で成り立つことを示したのがピタゴラスだったからなのです。
ピエール・ド・フェルマー
さて、前述の通り、 a2 + b2 = c2 を満たす3つの自然数の組は無数にありますが、a3 + b3 = c3 とか a4 + b4 = c4 のように、指数を2より大きくしていった場合、その式を満たす自然数 (a, b, c) の組はいくつあるのでしょうか?
この問いに対して、解は存在しないと結論づけたのが17世紀のフランスの数学者ピエール・ド・フェルマー。そう、三世紀以上にわたって数学者たちを悩ませ続けたフェルマーの最終定理の生みの親なのです。
フェルマーの最終定理とは
3以上の自然数nに対してxn + yn = znを満たす自然数 (x, y, z) の組は存在しない。
フェルマーがこの定理を発見したのは1637年頃だそうです。
こんな大発見をすれば一躍有名になれると考えるのが普通だと思いますが、彼は自分の業績を世に認めさせることには一切興味がなく、1人で答えを見つけて自己満足に浸っているような人だったそうです。
そんなわけで、この発見が誰かに知られることがないまま、1665年にフェルマーはこの世を去ったのです。
しかし、それから5年後の1670年、物語は動き出します。彼の長男クレマン・サミュエル・フェルマーが、父の発見をこのまま埋もれさせてはならないと考え、フェルマーが書き残したメモや手紙を編集して刊行したのです。
そしてメモにはこう書かれていました。
私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。
ちょっと、フェルマーさんそりゃないでしょう。
本当に証明できたんですか!?
という疑問はさておき、このメモによってフェルマーの最終定理は世に知られることとなり、数学者たちの苦闘のドラマが始まったのでした。
それにしても、最終定理というワードがかっこいいですよね!
我こそが数学の世界のラスボスだ!と言わんばかりの響きがありますね。
レオンハルト・オイラー
フェルマーの死後、多くの数学者たちがこの難問に挑むこととなります。ガウスとともに「数学界の二大巨人」と呼ばれているレオンハルト・オイラーもその一人でした。
実はフェルマーは n = 4 の場合の証明についてのみヒントを残しており、オイラーはそのヒントの中で示唆されていた無限降下法を使って n = 4 の場合の証明を完成させました。
続けてオイラーは n = 3 の場合の証明にもトライしますが、n = 4 の時ほど簡単にはいきませんでした。
そこでオイラーは無限降下法に虚数を組み込むことを思いつき、見事に n = 3 の場合の証明にも成功するのです。
さらにオイラーはフェルマーの最終定理を発展させ、
n > 3 とすると、n - 1 個の n 乗数の和を1個の n 乗数で表すことはできない。
というオイラー予想を提唱しましたが、1966年ににレオン・J・ランダーとトーマス・R・パーキンによって反例が発見され、予想が間違いであったことが示されました。
どんな天才でも間違えることはあるんですね。
ソフィー・ジェルマン
オイラー以後、半世紀にわたり進展のなかったフェルマーの最終定理について第2の扉を開いたのは、19世紀のフランスの天才女性数学者「ソフィー・ジェルマン」。
当時は「女性に学問は不要」されていたため、男性の名前を名乗って数学を学べる学校に入学したという逸話のあるほどの、幼い頃から数学を愛してやまない女性でした。
さて、ここでちょっと考えてみてください。
「n = 3」の場合と「n = 4」の場合についてはオイラーによって証明されましたが、これはつまり「n = 3の倍数」の場合と「n = 4の倍数」の場合についても証明されたと同じことなのです。
え、どういうこと??と思われたあなた、ちょっと見てください。
x6 + y6 = z6
n = 6 の場合の上記の式は、下記の式に書き換えることができますよね。
(x2)3 + (y2)3 = (z2)3
x6 + y6 = z6 に解があると仮定すると、x3 + y3 = z3 にも解があることになり、オイラーが証明した「n = 3の場合を満たす自然数 (x, y, z) は存在しない」という定理に矛盾します。
同様に、 xa + ya = za に解が無いのであれば、 xab + yab = zab にも解が無いことになります。
このことから、1以外のすべての自然数は素数または素数の積で表されるのだから、フェルマーの最終定理の証明においてすべての自然数について考える必要はなく、nが素数の場合だけを証明できればOKと言う結論に至ります。
そこで、ソフィーは素数にフォーカスし、ソフィー・ジェルマンの定理と呼ばれる定理を発表しました。
ソフィー・ジェルマンの定理
pをソフィー・ジェルマン素数とする。
この時、フェルマーの最終定理のケース1については、n = p について真である。
ソフィー・ジェルマン素数:
2p + 1 もまた素数であるような奇素数 p
ケース1:
xp + yp = zpを満たす、いずれもpで割り切れない整数x,y,zは存在しない。
ケース2:
xp + yp = zpを満たす、少なくとも1つがpで割れる0でない整数x,y,zは存在しない。
ソフィーの研究成果がブレイクスルーとなり、後にペーター・グスタフ・ディリクレとアドリアン=マリ・ルジャンドルによって、ケース2も含む n = 5 の場合の証明が完成されたのです。
谷山豊・志村五郎
ジェルマン以降、ある程度の前進はみられたものの、フェルマーの最終定理の証明はほとんど進まなくなりました。誰もが証明することを諦めようとしていた20世紀後半、ゲルハルト・フライとケン・リベットの研究によって、フェルマーの最終定理とは全く関係ない研究がフェルマーの最終定理と結びつくことが分かったのです。
その研究とは楕円曲線とモジュラー形式に関する研究で、その発端となったのが、日本の若き二人の天才数学者、谷山豊と志村五郎が提唱した次の予想です。
すべての楕円曲線はモジュラーである
谷山–志村予想と呼ばれるこの予想は、数学界に大きな衝撃を与えました。なぜなら、楕円曲線とモジュラーは全く異なる分野の研究だったからです。
ところで、この予想は一体何を意味しているのでしょうか?文系出身のスタッフbでも理解できる範囲で簡単に説明してみますね。
まず、「すべての楕円曲線はモジュラーである」を少しだけ丁寧に言い換えると、「全ての楕円曲線はモジュラー形式と関連付けられる」となります。
楕円曲線と聞いて高校数学で勉強する楕円の方程式を思い浮かべる人もいるかもしれませんが、それとはまったく関係ありません。楕円曲線とは y2 = x3 + ax + b と表される方程式の解の集合であり、楕円曲線上に「整数点は存在するのか?」とか、「有理点はいくつ存在するのか?」といった数論的性質を研究するのが楕円曲線論になります。
ちなみに、楕円曲線は暗号化技術にも用いられ、ビットコインが楕円曲線暗号法(ECDSA)を採用していることは有名な話です。
一方のモジュラー形式とは、極めて高い対称性を備える複素関数のことです 。ここで言う対称性とは、左右対称のような平面上の単純な対称性ではなく、双曲空間におけるとてつもなく高い対称性のことです。
双曲空間とは、普通の3次元の空間(3次元ユークリッド空間)とは異なる性質を持つ、N次元の歪んだ空間だと考えてください。3次元空間に住む私たちにはイメージし難い世界なんです。
ちなみに、AIの分野では双曲空間を自然言語処理に活用する研究が盛んに行われています。
アンドリュー・ワイルズ
アンドリュー・ジョン・ワイルズは1953年生まれのイギリスの数学者。算数が大好きだったワイルズは、10歳のときに学校の帰り道に寄った町の図書館でフェルマーの最終定理に出会い、数学の道に進むことを決意します。
しかし、彼はずっとこの問題に取り組んでいたのではありません。フェルマーを研究することによってワイルズの才能が無駄になってしまうと言われ、少年時代の夢を封印して「楕円曲線」や「モジュラー形式」などを研究していたのです。
ところが、転機は突然訪れます。1984年、ドイツの数学者ゲルハルト・フライが驚くべき主張を発表しました。
もしフェルマーの最終定理に反例があるならば、モジュラーでない楕円曲線が存在することになる。
この主張はジャン=ピエール・セールによって「フライ・セールのイプシロン予想」として定式化され、1986年にアメリカの数学者ケン・リベットにより、その予想が正しいことが証明されたのです。
これは、裏を返せば、「谷山–志村予想を証明すれば、フェルマーの最終定理を証明したことになる」と言うことを意味します。この出来事はワイルズのハートに火をつけました。少年の頃の夢に取り組む時が来たのです。
さて、いよいよここからが最終局面。
ワイルズは他の研究からは手を引き、ひっそりと、たった一人で谷山–志村予想の証明に取り掛かりました。
その過程で数々の素晴らしい発見をしましたが、誰かと議論する事はせず、秘密裏に研究を進めたのです。
また、彼は研究成果を小分けにして、小さな論文として発表することで偽装し、周囲を煙に巻きました。
こうして7年の歳月が過ぎ、ワイルズは谷山–志村予想の証明を完成させたのです。
ついにその時はやってきました。世界に向けてその成果を発表する時です。1993年6月、ワイルズはケンブリッジ大学にあるニュートン研究所において、「モジュラー形式、楕円曲線、ガロア表現」という題目の講演を行いました。
初日は谷山–志村予想の基礎的な内容でしたが、噂が電子メールに乗って世界中を飛び交い、二日目の公演では聴衆は大幅に増えました。
二日目の公演では、ガロア表現関連の一般的な定理を述べたり谷山=志村予想をほのめかす計算をしてみせたりして、聴衆をじらせました。
そして三日目の6月23日、聴衆の期待通り、フェルマーの最終定理を証明してみせたのです。
ワイルズはフェルマーの最終定理を書き終えると、聴衆に向き直って穏やかにこう告げました。
「ここで終わりにしたいと思います」
200人の数学者たちから拍手喝采が湧き起こり、結末に不安を抱いていた者でさえ、信じられないという顔で笑いました。
このときワイルズは、三十年来の夢がついに叶ったものと信じ、七年間の孤独の末、ついに秘密の研究を公にする時が来たと思ったのです。
しかし、物語はここでは終わりませんでした。歴史的な快挙にマスコミが沸き、話題の中心にいる喜びを数学者たちが噛み締めている間にも、論文の査読という冷酷な作業が進行していたのです。
そして査読の最終段階で、一つの誤りが見つかりました。ワイルズはすぐに証明の修正にとりかかりましたが、ワイルズの証明は無数の理論によって複雑に構築されたものであるため、その作業は簡単ではありませんでした。
1年以上の苦闘の末、ようやくワイルズは修正を完了し、改めて論文を提出しました。
1995年5月、アンドリュー・ジョン・ワイルズによって360年にわたる長い物語の終止符が打たれたのです。
フェルマーの最終定理とデザインの関係
いかがでしたでしょう?
ページの余白に書き残されたフェルマーのメモに始まり、ワイルズによって終止符が打たれた壮大なストーリー。数学は最高のエンターテインメントと言っても過言ではないですよね。超難問とそれに立ち向かう人間という図式は、数学に対する興味の有無に関わらず、人々を魅了するのだと思います。
特に、フェルマーの最終定理については、その問題自体を理解することはさほど難しくなく、中学生程度の知識さえあれば十分なので、世界中の幅広い層に知られることになったのでしょう。
このように、世界中の人々を魅了してやまない数学ですが、実はアートや音楽とも深いつながりがあるのです。
それが本ブログで理数をテーマとして扱う理由の一つでもあるんですよね。
ということで、今回はフェルマーの最終定理に関連のあるデザインをいくつか紹介してみますね。
フェルマーの最終定理をそのままTシャツに
フェルマーの最終定理そのままのデザインですが、数式とか方程式には不思議と美しさを感じますよね。
学生時代は数式を見るだけで拒絶反応を起こしていたスタッフbですが、今ではすっかり数式の虜です(笑)
ピタゴラスの定理を視覚化した秀逸なデザイン
32 + 42 = 52 が見事に視覚化されています。
ピタゴラスも約2500年という時を超えて、Tシャツのデザインになっているとは思ってもみないでしょうね。
サークルリミットⅣ
最後に、こちらのデザインを見てください。
黒いコウモリと白い天使が組み合わさり、その組み合わせが円の中心から外側に向かって無限に連なっているようなパターン。
なにか不思議で複雑な対称性を感じませんか?
これはだまし絵で有名なエッシャーのサークルリミットⅣ (Circle Limit IV) と言う作品なのですが、実はモジュラーの理論を利用して、双曲空間を2次元の中に埋め込んだデザインなのです。
この絵にはモジュラー形式が持つい高い対称性のうちのいくつかが表現されています。
つまり、フェルマーの最終定理の証明の鍵となった谷山–志村予想と深い関係があるデザインなんですよね。
いかがでしたでしょう?
今回はフェルマーの最終定理にちなんだ内容をお伝えしました。
このように、数学はエンターテインメントとしての魅力があり、表現や創作活動にもつながる面白いテーマですので、今後もTplantブログにて取り上げていこうと思います。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。