映画化されたこともあり、世界的によく知られている「タイタニック号沈没事故」。
船上から多くの人が次々と海に振り落とされるシーンや、船尾が高い角度で持ち上がり、船体が真っ二つに折れるシーンなどは、印象に残っている人も多いのではないでしょうか。
映画のシーンには演出面での脚色が多少なりともあり、実際はずっと浅い角度で崩壊したことなどが最新の研究で明らかとなっております。ただし、それらは技術が発達した現代だからこそ判明した事実であって、「実際に船がどのような状態になって沈没したのか?」という点については、理論による考察はできても、誰も正解にたどり着くことはできないかもしれません。
タイタニック号は、当時の最先端技術を余すことなく採用した世界最大の豪華客船であり、「不沈船」とも呼ばれるほどの高い安全対策が施されていたと言われます。そんな高い高い技術と安全基準が採用された豪華客船がなぜ沈没し、多くの死傷者を出してしまったのか?
今回は、そんなタイタニック号の事故原因と沈没までのプロセスを考察していきます。
沈没事故発生の概要と背景
イギリス海運会社の名門ホワイト・スター・ラインが建造した大型豪華客船、タイタニック号(RMS Titanic)。 1909年3月3日に北アイルランドのベルファストで着工され、約2年の月日をかけてその壮大な姿が完成しました。
全長269メートル、総トン数46,328トンのタイタニック号は、当時の技術と贅を尽くした設備が備えられており、特に一等客室はまるで一流ホテルのような内装で、豪奢なシャンデリアや絢爛たるダイニングルームが設けられ、当時の富裕層や著名人の社交場でもあったようです。スポーツジムや温水プール、図書室、さらには高級カフェやサンルームまで完備され、なかでも、最も高価なスイートルームの大西洋片道横断の料金は4,350ドル、現在の価値でなんと2千万円に相当する金額でした[1]。
そんな大型豪華客船タイタニック号は、ビジネスに向かう富豪や世界の名士たち、アメリカンドリームを求める移民など、乗員乗客合わせて約2200人を乗せ、1912年4月10日正午過ぎにサウサンプトン港を出港し、ニューヨークへ向けて処女航海に出ました。
サウサンプトン港の出航後は、工程表の通り、フランスのシェルブールとアイルランドのクイーンズタウン(現・コーヴ) に寄港し、アメリカのニューヨークに向かいました。
その後、順調に航海を続けていましたが、航路上には氷山が多く存在する危険地帯があり、4月14日中には無線通信によって7件もの警告を受けていました。世界で最も経験豊かな船長と名高いスミス船長は氷山の危険性を認識しており、航路を通常より少なくとも18キロ南寄りに変更していたものの、クルーたちは「この季節の北大西洋航海によくある現象だ」と軽視していたこともあり、船は減速せず、氷山を発見した時には最高速に近い22ノット(時速41km、25mph)で航行していたのです。
4月14日23時40分頃、見張りが目視により氷山を発見し、監視鐘を3回鳴らし、「前方に氷山!」と六等航海士に知らせました。その後、一等航海士によって「取舵一杯」と操舵員に伝え、エンジン・テレグラフ(機関伝令器)を通じて「後進一杯」の指令を送り、喫水線下の防水扉を閉めるボタンを押したことなどによって正面衝突は避けられたものの、時すでに遅し。右舷船首部が氷山に接触し、その衝撃によって船体の複数の区画が損傷。損傷部分から急速に浸水が始まり、衝突から2時間半後の翌15日午前2時20分に沈没し、救命ボートを使用しつつも、乗員乗客の68%の方が亡くなったのです。
事故発生の概要
衝突日時:1912年4月14日午後11時40分頃
場所:北大西洋、ニューファンドランド沖約600km
原因:氷山との衝突
沈没日時:1912年4月15日午前2時20分頃
氷山の発見から沈没までの時系列
- 4月14日 23時39分 氷山を発見し左舷回航を試みる
- 4月14日 23時40分 船の右舷が氷山に衝突
- 4月15日 0時05分 沈没を覚悟し救命ボートの準備
- 4月15日 0時45分 救命ボート乗船開始
- 4月15日 2時20分 完全に沈没
事故の背景
なお、多くの人が犠牲になってしまったタイタニック号沈没事故の背景には、氷山の発見が遅れたことも問題視されていますが、多くの要因が重なり合ったことで悲劇的な事故が発生してしまいました。
過信と安全対策の不足
タイタニック号は最新の安全技術が搭載されていましたが、これは過信に過ぎませんでした。船の構造はもちろんのこと、タイタニック号に搭載されていた救命ボートはおよそ1,180人分で、約1,000人分が不足。また、乗組員は救命ボートの訓練を受けておらず、救命ボートには定員数未満しか乗せていなかったのです。
氷山警告の無視
タイタニック号の航海は氷山が多いエリアに入っていたため、複数の氷山警告を受けていましたが、船のスピードを落とすことはなく、高速で航行を続けていました。これが、氷山衝突時に回避が間に合わなかった要因のひとつです。
通信の問題
当時、無線通信は主に乗客の私的メッセージに使われており、氷山に関する警告を含む船から船へのメッセージは、参考情報として伝えられるだけで、緊急性を伴うようなものとして伝達されることはありませんでした。また、沈没が始まった後に発信された救難信号を近くの船がすぐに受け取ることができなかったことも、救助が遅れた要因となっています。
救助活動
沈没後、最初にタイタニック号の救難信号を受信し、現場に駆け付けたのは約107キロ離れた地点にいた「カーパシア号」という客船でした。カーパシア号が現場に到着したのはタイタニック号が沈没した約2時間後であり、冷たい海で生き残った約700名を救助しましたが、約1500名は犠牲となりました。
直接的な沈没原因と損傷について
史上最悪の海難事故とも呼ばれる沈没事故を引き起こしたタイタニック号は、その当初は豪華さだけではなく、造船技術の結晶ともいえる安全設計にも注目を集めていました。タイタニック号の設計では、船体の損傷により一部が浸水しても船全体が沈没しないように、16の区画に分けられ、15の防水隔壁が設けられていました。そのため、誰もがこの巨大な船が沈むことはないと信じていたのです。
全16の水密区画のうち5区画が浸水
タイタニック号は氷山発見の際に、船首が左に向くように舵をいっぱい切った(取り舵一杯)ことにより正面衝突は避けられました。その結果、船の右舷と海中の氷山が接触し、全16区画のうち5つの区画に穴が開いてしまいました。
※青が船首の経路、赤が船尾の経路
タイタニック号は最悪の事態を想定し、16区画ある水密区画のうち4区画まで浸水しても沈没しないように設計されていましたが、5つ目の区画が浸水したことにより設計上の限界を超えてしまい、最終的に沈没してしまったのです。
なお、各区画を分ける防水隔壁(上手赤線部)は、手動のものもあれば、遠隔操作で即時閉鎖できたものなど、さまざまな機能が備わっていました。しかし、防水隔壁は上部までぴったり塞がれていなかったため、隔壁の上部から隣の区画に海水が流れ込み、多数の区画が次々と浸水したのです。
損傷の大きさとリベット強度問題
長い間、氷山との衝突によりタイタニック号の船体には300フィート(約91メートル)の長さの裂け目ができたと考えられてきました。しかし、潜水調査によって明らかになった傷の大きさは、長いもので30フィート(約9メートル)と、それまで考えられていたよりもずっと小さかったのです[2]。
上図はタイタニック側面図の船首部分を拡大したものですが、緑の線が損傷を受けた箇所になります。このとおり、実際の損傷は長く大きな裂け目ではなく、6つの小さい傷で構成されていたのです。
これらの開口部の総面積はわずかに11平方フィート(約1平方メートル)であり、この大きさの損傷であれば毎秒370ガロン(1400リットル)の海水が船内に流れ込む計算になります。これを元に分析すると、タイタニックは2時間30分かけて沈没することが分かりました[2]。この分析結果は2時間40分かけて沈んだという記録とほぼ一致します。
最も長い裂け目は船殻プレートの線に沿ってできており、これは、プレートの継ぎ目に沿った鉄のリベットが折れたり外れたりして狭い隙間ができ、そこから海水が浸水したことを示唆しています。
現代においても様々な箇所の接合で使用されるリベットですが、当時のリベットは硫化マンガンなどの不純物を多く含む粗悪な炭素鋼でできたリベットが多く使われていました。このことから、リベットの強度不足が問題であったという主張もあります。
しかし、当時の豪華客船の多くも同様のリベットを使用しており、実際に姉妹船のひとつである「オリンピック号」は、同じ鉄のリベットで打ちつけられていたにもかかわらず25年近く無事故で航行していました。当時の技術レベルを踏まえると、リベットの品質が問題だとは言い難いのです。
実際、タイタニック号はそれまでの船が経験した様々な衝撃に耐えられるように設計されていました。仮にもっと強力なリベットを使用していたとすれば、浸水のスピードを遅らせることができたかもしれないが、沈没するのは時間の問題だったというのが大方の見解なのです。
タイタニック号はどのように沈んだのか
タイタニックは沈没中に真っ二つに折れた。
多くの生存者がそのように証言しているが、どういうわけか、これらの証言は真実とは認められず、歴史を通じて船は無傷で沈没したと認識されてきました。
しかし、1985年9月1日にタイタニックの残骸が発見されたことにより、その認識は覆されたのです。
発見場所はカナダ・ニューファンドランド沖550キロの水深約3800メートルの海底。発見者はアメリカの海洋地質学者ロバート・バラードでした。
沈没船は船底を下にして沈んでおり、第3煙突の真下あたりで分離していました。これにより、船体が真っ二つに折れたという説が初めて立証されたのです。
この発見を機にタイタニック号の悲劇への関心がこれまで以上に高まり、事故原因についての研究も加速し、多くの理論がこれまでに発表されてきました。
映画:タイタニック(1997年)
「タイタニックがどのように沈んだのか」と聞かれて、多くの方が思い浮かべるのは、1997年に公開されたジェームス・キャメロン監督の映画「タイタニック」の沈没シーンではないでしょうか。映画のクライマックスとも言えるタイタニック沈没の最後の5分間がどのように描写されていたのか、改めて検証してみましょう。
下の画像は救命ボートに乗った貴婦人が左舷側からタイタニックを見つめる印象的なシーンです。真っ二つに折れる30秒ほど前のシーンになりますが、この時の船の角度は約35度でした。
船が2つに折れる直前に照明が消え、船は約38度まで傾きました。
照明が消えた直後に第三煙突の後ろのデッキに亀裂が入り、船首が40度くらいに傾いた時に完全に折れました。
その後、浮き上がった船尾が着水して水平に戻ります。
二重底はまだ切断されておらず、船首に引っ張られる形で船尾が90度の角度に立ち上がりました。その状態でしばらく静止した後、ゆっくりと沈んでいき、姿を消しました。
これが、ジェームス・キャメロン監督が映画「タイタニック」で描いた沈没の最後の5分間です。
タイタニック号の最後に関する生存者の証言はさまざまです。映画の描写はWikipediaに書かれている目撃者の証言とだいたい一致しますが、「船が沈没した時、船尾近くに立っていたが、高角度で崩壊した形跡は何もなかった」と言う証言もあります。
キャメロンは、視覚効果を考え、様々な証言の中から最もインパクトのある証言を集約して再現したのではないかと推測します。
タイタニック号:最後の謎に迫る(2017年)
映画「タイタニック」の大ヒットによりタイタニック号沈没事故への関心は最高潮に達しました。複数回の潜水調査やテクノロジーの進歩により、タイタニック号の沈没理論はアップデートされていきます。
多くの研究者たちが沈没の謎解明に挑みますが、実はキャメロン自身もその一人でした。映画が公開された後も、実際に何が怒ったのかを理解する努力を惜しまず、なんと33回の潜水艇によるを行ったのです。
2017年に公開されたナショナルジオグラフィック制作の特別ドキュメンタリー「Titanic: 20th Anniversary(邦題 - タイタニック号:最後の謎に迫る)」では、専門家チームと共に沈没時の角度について徹底的に検証しています。
アメリカ海軍と協力して行ったコンピューターによるシミュレーションの結果、船体が23度に傾いた時に構造内の曲げ応力の許容限界に達することが分かりました[3]。
さらに、コンピューターシミュレーションでは計算しきれない流体力学の現象を検証するために、細部まで精巧に再現した模型を用い、物理実験を何度も行いました。
模型には縮尺模型実験で発生する弱い曲げモーメントでも折れるような機構を導入しています。映画とは違い、折れた場所は第三煙突の前方でした。
キャメロンは、沈没の最後に船尾が立ち上がることにはこだわりを持っていたようです。船の最も強い部分であるキール(竜骨)によって支えられている二重底が船尾を引っ張り、映画と同様に垂直に立つことを証明したのです。キャメロンはこの理論のことをバナナ理論と呼んでいます。
前述の通り、船尾が垂直に立ったかどうかについては証言に食い違いがあり、定かではありません。しかし、そうなった可能性があることは証明できたのではないでしょうか。
なお、実験映像を確認すると25〜26度で折れていたそうですが、これは誤差の範囲でしょう。
Titanic REAL TIME SINKING(2021年)
2021年にYouTube上で公開されたリアルタイムCGアニメーションは、タイタニック号沈没事故をテーマにした書籍の最高傑作である「On A Sea of Glass」をベースに、既存の説と入手可能なあらゆる証言、法科学的な証拠と照らし合わせて制作されました。
船の傾きが23度に達した時、曲げモーメントが最大となり、デッキに生じた亀裂が船の周囲を走り、船をいくつかの部分に分割します。亀裂が最終的に船尾に当たり、ゆっくりと水中に戻ると、第三煙突の手前で真っ二つに折れます。
船尾は午前2時18分までに約1分間水平を保ちますが、その後、竜骨に引っ張られて再び上昇し始め、85~90度の角度になったところでしばらく静止します。
それからゆっくりと沈みはじめ、午前2時20分に海に消えます。
The Final Hours of TITANIC(2024年)
2024年4月15日にYouTube上で公開された、タイタニック号の完全再現を目指したPCゲーム「Titanic: Honor and Glory」のデモCGアニメーション。こちらも沈没までの2時間40分を完全リアルタイムで完全に再現しています。臨場感のあるカメラアングルやレンダリングの美しさが素晴らしく、YouTube動画とは思えない完成度に驚かされます。
船体が二つに折れる少し前、第二煙突が倒壊します。
23度くらいの角度になった時、第三煙突の手前で二つに折れるのは「Titanic REAL TIME SINKING」と同様ですが、その直後に第三煙突の後方も折れるというのがこれまで紹介した説と違う点です。
最後はこれまでの説と同様、船尾が垂直に近い角度に立ち上がり、ゆっくりと沈んできます。沈みゆくタイタニックと天の川の対比がなんとも言えません。
船体はいつ分離したのか?いまだに残る謎
船体がいつ分離したのかという点については、今でも研究者の間で意見が割れています。
海底で見つかったタイタニックの残骸は、2平方マイル(約5.2平方キロメートル)の領域に散乱していました。しかし、もしタイタニックが水面近くで分離していたとすれば、もっと広い範囲にちらばるはずであると主張する研究者もいるのです。つまり、タイタニックの船首と船尾はもっと深い場所で分離した可能性があると言うのです[4]。
もし、タイタニックが水面で折れることなく沈み、海の深い場所で折れたとするならば、船を真っ二つに折った力は何だったのでしょうか。
あるいは、水面では完全に折れずに(船底の竜骨は繋がったまま)沈没し、沈む最中に完全に分離したのでしょうか。
タイタニックにはいまだに多くの謎が残されているのです。
沈没事故が世界に与えた課題と教訓
タイタニック号の沈没事故においては、今なお事故原因の究明や検証がなされており、現代においても非常に注目度が高いトピックであることは紛れもない事実です。
タイタニック号の乗客のうち、1,514人が亡くなるという20世紀最大の海難事故ではありましたが、幸いにも生還した710人。そのうち、最後の生存者が2009年に他界しておりまますので、リアルに事故に見舞われた方はもうこの世には存在していません。
ただし、タイタニック号沈没事故については、映画のワンシーンから垣間見える人間模様だけでなく、造船技術や航行における危機管理まで、脈々と後世に引き継がれていることは言うまでもなく、事故がきっかけで技術が格段に向上したと言っても過言ではありません。
なお、この事故はただの悲劇ではなく、海上安全における世界的な規則を生む契機となり、1914年にロンドンにて国際会議が開かれ、SOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約:Safety of Life at Sea)が制定されました[5]。
1914年のSOLAS条約
a.船舶には、全員が乗船できるだけの救命艇を備え、航海中救命訓練を実施すること
b.船舶には、モールス無線電信を設置し、500kHzの遭難周波数を24時間聴守する無線当直を行い、そのための通信士を乗船させなければならないこと
c.北大西洋の航路で流氷の監視を行うこと
d.船客の等級による救出順序を廃止すること
これまで、船舶に関する国際的な基準はなく、それぞれの国で制定されたものはありつつも、その内容は国ごとに異なっていため、海上での安全基準は一貫性が欠けていました。そのため、SOLAS条約の成立は、国際的な海上安全基準を定めることとなり、現在においても改訂され続け、海上安全に関する最も重要な国際的な規則として機能しています。
沈没船の保存問題
船舶の安全基準が世界的に見直される大きな転換点となったといえるタイタニック号沈没事件ですが、事件から110年以上経過し、海底に眠るタイタニック号をどのように保護し、保存すべきか、という問題が大きな課題となっています。
というのも、深海の海流や塩水による腐食、金属を分解する微生物やバクテリア[6]によって、3000m以上の深さに沈んでいるタイタニック号は年々その形を失いつつあるため、消滅の危機に瀕しているのです。これまでの調査で確認されていた上甲板前部の手すりも、2024年7月の調査の際に手すりの一画が真下の海底に落下していることが発見されているように、タイタニック号は日々崩壊と浸食を引き起こしています。
保存方法としては船体の引き上げも考えられましたが、腐食や損傷により、かなり脆くなっているため、それを引き上げる技術とコストが問題視されますし、沈没したタイタニック号は人工漁礁として生物たちの住みかとなっています。また、水中文化遺産としてユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の保護下になり、海底でそのまま保存されるべきだという考えが強く支持されていることもあり、現在においては海底に眠っているタイタニック号の姿をデジタル保存や探査によって記録し、歴史的な遺産として未来に伝える方法が最も適切と考えられています。
脚注
- Sinking of the Titanic - Wikipedia, 2024-10-23, https://en.wikipedia.org/wiki/Sinking_of_the_Titanic
- National Geographic - YouTube, Investigating the Titanic (Full Episode) | Drain the Oceans, 2023-01-29, 15:15-17:25, https://youtu.be/bXlalGvxkaY
- National Geographic - YouTube, Titanic: 25 Years Later with James Cameron (Full Episode) | SPECIAL, 2023-03-06, 09:45-10:05, https://youtu.be/1jXHFEy-ibc
- National Geographic - YouTube, Investigating the Titanic (Full Episode) | Drain the Oceans, 2023-01-29, 30:30-35:45, https://youtu.be/bXlalGvxkaY
- 国土交通省 - 1974年の海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約), 2024-10-23, https://www.mlit.go.jp/kaiji/imo/imo0001_.html
- Halomonas titanicae - Wikipedia, 2024-10-24, https://en.wikipedia.org/wiki/Halomonas_titanicae
参考
- U.S. News, The Secret of How the Titanic Sank, 2024-10-23, https://www.usnews.com/news/national/articles/2008/09/25/the-secret-of-how-the-titanic-sunk
- Tim Maltin, Titanic broke in half as she sank - true or false?, 2024-10-23, https://timmaltin.com/2019/05/01/titanic-broke-in-half/
- Break-up of the Titanic | Titanic Wiki | Fandom, 2024-10-23, https://titanic.fandom.com/wiki/Break-up_of_the_Titanic
- 日本機械学会誌, 第1回 失敗の原因をしつこく考えよう-100年前のタイタニック号沈没事故を例にとって, 2024-10-23, https://www.jsme.or.jp/kaisi/1250-38/
- ▼オリジナルTシャツなら
- WEBで簡単にデザイン-オリジナルTシャツならTplant
- ▼関連記事
- ナスカの地上絵をAIが新たに発見!その目的も判明?
- モヘンジョダロはなぜ滅亡した?!衰退の謎に迫る