「活版印刷」はルネサンスの三大発明の一つではありますが、火薬や羅針盤といったその他の発明品とくらべると、意外とその功績は知られていないかもしれません。「ルネサンスがヨーロッパ全域に広まったのは活版印刷のおかげ」と言っても良いほどの発明であった活版印刷とはどのようなものなのか、どのような革命を起こしたのか、具体的に見ていきましょう。
活版印刷が生まれた背景
ルネサンスとは
14世紀〜16世紀にかけてイタリアから西ヨーロッパ本土へ広がったルネサンス。ルネサンスとはフランス語で「再生」や「復興」を意味する言葉で、科学の復興と進歩による革新的な芸術運動であり、政治や宗教など近代ヨーロッパ文化の基礎を築いた精神の革命とも言われています。
ルネサンスの主な特徴としては、古代ギリシャやローマ時代の古典文化を再評価し、芸術から文学、哲学などの様々なジャンルにおいて古典を参考にしながら新しい時代に取り入れたこと。また、これまで神中心だった思想から、人間主体の考え方「ヒューマニズム(人間中心主義)」に変遷したこと。さらには、観察や実験に基づく自然科学が発達したことなど、あらゆる分野において現代文化の発展に大きな影響を与えました。
ルネサンスは、長い時間をかけて徐々に人々の考え方や価値観を変化させてきました。特に文化や知識・芸術の分野においては、現代でも万能の天才としてよく知られる「レオナルド・ダ・ヴィンチ」や、彫刻家・画家、建築家として知られる「ミケランジェロ」などは、まさにルネサンスの象徴的人物。こうした人物が登場することで、新たな技術や知識、文学作品の創作が盛んになりました。
ルネサンスの三大発明
現代でもその名を良く知るダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロは、ルネサンスを体現した象徴的な三大偉人ではありますが、一方でルネサンスの三大発明はご存じでしょうか?
ルネサンスの三大発明は「火薬・羅針盤・活版印刷」で、その三大発明のひとつである活版印刷を発明したのが「近代印刷術の祖」と言われるヨハネス・グーテンベルクです。
ヨハネス・グーテンベルクはドイツ出身の発明家であり技術者で、それまですべて手書き(写本)で高額だった「本」を機械印刷によって量産に成功した人物。印刷機を開発したことによって本の量産が可能になり、それまで入手が困難だった高価な本を多くの人が読むことができるようになりました。
ここでいう活版印刷とは、金属製の活字を用いて、それを組み合わせることで文章を作り、繰り返し印刷できる技術。分かりやすく言うと「1文字ずつのハンコを並べて文章を作って型をセットする」という印刷方法になります。現代の技術水準からすれば非効率に感じるかもしれませんが、当時はすべて手書きで何年も掛けて写本していたことを考慮すると、何千部も同じ内容を印刷できる活版印刷の技術はまさに革命的であり、ルネサンス最大の発明と言っても過言ではありません。
活版印刷が発明されたことにより本が安価で普及し、本が普及したことで人々の知識が高まり、情報革命や科学改革、宗教改革などが広まりました。「グーテンベルク無くしてルネサンスの拡大はなかった」という可能性が指摘されるほど、グーテンベルクが発明した活版印刷は画期的だったのです。新しい知識や思想がヨーロッパ中に広まる礎を作ったその功績は、非常に高いものがあったのです。
活版印刷の工程
現代における印刷技術の礎となったグーテンベルク発明の「活版印刷」。具体的にどのような工程を経て印刷されるのか、活版印刷の工程を解説します。
文字を組む
実際に印刷したい文字を所定の金型にセットします。金型にセットされる文字の型は活字と呼ばれ、当時は鉛とスズ、アンチモンと呼ばれる半金属元素を混ぜた合金で作られていました。
インキボウルにインクを塗布する
インキボウルは印刷機にインクを塗布する道具で、ガチョウの皮の中に馬の毛を詰めた専用具。このインキボウルをインキの上で転がして、インキボウルにインキを染み込ませます。
印刷版にインクを塗布する
インキを染み込ませたインキボウルを金型にセットした文字の上面にたたくようにインキをつけていきます。もちろん、すべての文字に均等にインキを塗布する必要がありますので、一定の技術力が必要だったことは言うまでもありません。
印刷用紙をセットする
現代社会においては当たり前にある紙も、当時の紙はまだ発明されたばかりで、材質的にも活版印刷で用いる油性インキでは綺麗に印刷できませんでした。そこでグーテンベルクは、紙に湿り気を与えて柔らかくする作業を行いました。また、本として両面印刷をするにあたり、表裏の位置を合わせるための作業「レジスター」による見当合せは、現代の印刷においても用いられる方法です。なお、グーテンベルクが印刷した最初の聖書は180部だったそうです。
レバーハンドルを強く引いて印刷する

印刷機にインキを付けた活字と紙をセットしたら、いよいよ印刷です。印刷は、印刷機に取り付けられた大きなレバーハンドルを引くことで、プラテンと呼ばれる圧盤が下がることで、紙をインキのついた活字に押しつけます。現代のプレス機に似たような動作イメージで、印刷面を平らに保持したまま圧力を加えるという現代でも活用される技術です。
なお、上記画像はウィリアム・キャクストンがエドワード4世と王妃に活版印刷の見本を見せている場面の絵ですが、一日中レバーハンドルを引く作業は単純作業ではあるものの、かなりの重労働だったことがうかがい知れます[1]。
活版印刷と宗教革命
活版印刷術による西洋最初の本格的な書物は「グーテンベルク聖書」や「42行聖書」、「マザラン聖書」と呼ばれるもので、活版印刷による革命と呼ばれるほどの文化転換をもたらすことになりました。
これまで聖書をはじめとした当時の書物は、膨大な時間をかけて人が手で書き映していことにより価格は高価で庶民には手が届くことはありませんでした。しかし、活版印刷の技術より作り出された書物は支配階級だけでなく、庶民にも手に入れることができるようになったのです。
16世紀のキリスト教世界の分裂を引き起こしたルターの宗教改革では、ラテン語の聖書がドイツ語に訳されたものなどを大量印刷し、ルターの主張を民衆に広げることに成功したといわれているのです。
現在に受け継がれる活版印刷

現代の私たちの生活では、凹凸のある紙を見かけることはあまりありませんが、名刺やメッセージカード、ウェディングのペーパーアイテムなどでは今もなお需要があるのです。活版印刷は、文字を組み合わせてインクを塗って刷り込むまでの手作業の工程があるため、一般的な印刷と比較して価格が高価になってしまいますが、なんといっても紙の凹みと独特なインクのにじみ具合が魅力のひとつでもあります。
上記でも触れたとおり、活版印刷はその特徴的な工程のなかで印刷面に微妙な凹みが生じるため、印刷面が立体的になります。革製品で言うところの「シボ」に近いものがあり、現代のデジタル印刷では生まれない古典的な高級感が表現できます。この凹みはデボスと呼び、指先で感じることができる立体的な造形が高級感を演出し、現代においても根強い人気があります。
グーテンベルクが開発した活版印刷機は、のちに同じドイツのハイデルベルグ社が、その技術を継承・応用したハイデルベルグ活版印刷機を開発しました。特にハイデルベルグ社のプラテン印刷機は、世界的に有名な印刷機として大きな影響を与えており、現代においてもグーテンベルグの多大なる功績が後世に引き継がれていると言っても過言ではありません。
デジタル印刷が主流になった現代においても、古き良き自体の印刷技術を現代に残そうとする動きが高まっています。例えば、日本の「あいち印刷株式会社」では、60年前のハイデルベルグ活版印刷機をオーバーホールして蘇らせたり、アメリカのいくつかの大学では、活版印刷を教える学位プログラムを提供していたり[2]、現代の技術を大いに盛り込んだ太陽光発電のみで稼働して、この由緒ある技術に「環境配慮の要素を加えている」ところもあるそう。世界的にみても、活版印刷の技術や魅力は脈々と受け継がれているのをうかがい知ることができるのです。
脚注
- William Caxton showing specimens of his printing to King Edward IV and his Queen.jpg - Wikimedia Commons, 2025-5-1, https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Caxton_Celebration_-_William_Caxton_showing_specimens_of_his_printing_to_King_Edward_IV_and_his_Queen.jpg
- Matriculated Programs - Letterpress Commons, 2025-5-1, https://letterpresscommons.com/matriculated-programs/