アラビア文字やヘブライ文字、シリア文字などの中東系の文字のほとんどは、紀元前8世紀に誕生したアラム文字をルーツとしています。 アラム文字とは一体どんな文字なのか。どのような歴史や文化を経て現代に至っているのか。他の文字との関連性や影響など、さまざまな視点でアラム文字を紐解いていきます。
古代アラム人の歴史とアラム文字の起源
紀元前8世紀頃から紀元前11世紀頃にかけて、アラム人はユーフラテス川上流からシリアにわたる地域に定住していました。「ユーフラテス川上流からシリアにわたる地域」と言われてもピンと来ないかもしれませんが、現代の地図に置き換えると、アラム人はトルコ南東部からシリア、イラク北西部にかけて広く分布していたと考えられています。アラム文字はこうした地域を舞台とする内陸交易の発展とともに普及し、発展していったのです。
当時、この地域で使われていた文字は、紀元前11世紀ごろから使用されていたフェニキア文字でした。しかし、アラム人の交易活動が活発になるにつれ、フェニキア文字を基にしたアラム文字が誕生しました。このことから、アラム文字とフェニキア文字には深い関係があることが分かります。
アラム文字の普及と派生言語
アラム文字は、アラム人とアラム語の拡散とともに急速に広まりました。古代メソポタミアでは、それまでシュメール人によって発明された楔形文字が使われていましたが、次第にアラム文字に置き換えられていきます。また、古代ユダヤ人が使用していた古代ヘブライ文字も、後にアラム文字の影響を受けるようになり、現代のヘブライ文字へと進化したのです。
ヘブライ文字以外の主な派生文字としては、シリア文字、パルミラ文字、ナバテア文字、マンダ文字、アラビア文字などの中東系の文字が挙げられます。また、東アジアのソグド文字、ソグド文字からの派生であるウイグル文字やモンゴル文字、満州文字などもまたアラム文字を起源としています。
アラム語がなぜここまで広範囲に広がったのか疑問に感じる部分もありますが、ひとつはアラム人が作った都市とされる現シリアの首都ダマスカスを拠点に、ラクダを移動手段として幅広い地域で内陸貿易を行ったこと、もうひとつは当時最大の世界帝国である古代ペルシア帝国の王朝「アケメネス朝」がアラム語を公用語としていたことなどが考えられます。
アケメネス朝は、アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸にまたがる史上初の世界帝国であり、アラム文字が西アジア圏内の国際標準語になっていた時代もあるほどでした。
アラム文字の特徴
アラム語はアフロ・アジア語族のセム語に属する言語であり、子音数はフェニキア語と同じ22です。アラム語を表記するアラム文字はすべて子音を表し、発音区別符号以外では母音を表すことがほとんどありません(一部母音あり)。
上記でも触れたように、アラム文字はフェニキア文字と深い関わりがあり、アラム文字もまたフェニキア文字同様、母音が記さなくくても文脈から母音を補完できるという特徴があります。また、現代のアラビア文字やヘブライ文字など中東系の文字が右から左に書かれるのは、当時のアラム文字・フェニキア文字が右から左に書かれていたからで、セム語系の文字の多くは右から書かれます。
アラム文字一覧表
アラム文字 | 文字名 | フェニキア文字 | ヘブライ文字 |
---|---|---|---|
𐡀 | アレフ | 𐤀 | א |
𐡁 | ベト | 𐤁 | ב |
𐡂 | ギメル | 𐤂 | ג |
𐡃 | ダレト | 𐤃 | ד |
𐡄 | ヘー | 𐤄 | ה |
𐡅 | ワウ | 𐤅 | ו |
𐡆 | ザイン | 𐤆 | ז |
𐡇 | ヘト | 𐤇 | ח |
𐡈 | テト | 𐤈 | ט |
𐡉 | ヨド | 𐤉 | י |
𐡊 | カフ | 𐤊 | כ ך |
𐡋 | ラメド | 𐤋 | ל |
𐡌 | メム | 𐤌 | מ ם |
𐡍 | ヌン | 𐤍 | נ ן |
𐡎 | サメク | 𐤎 | ס |
𐡏 | アイン | 𐤏 | ע |
𐡐 | ペー | 𐤐 | פ ף |
𐡑 | ツァデ | 𐤑 | צ ץ |
𐡒 | コフ | 𐤒 | ק |
𐡓 | レシュ | 𐤓 | ר |
𐡔 | シン | 𐤔 | ש |
𐡕 | タウ | 𐤕 | ת |
現代におけるアラム文字・アラム語
帝国時代には、広い範囲で標準語として使用されていたアラム文字・アラム語。
イエス・キリストの母語でもあり、新約聖書のなかにもアラム文字が登場するほどで、日本でも馴染みのある「アーメン」という言葉は実はアラム語なのです。
アラム文字やアラム語は、7世紀にアラビア語に押されて衰退したものの、現在でもアラム系言語の話者がシリアやトルコなどに存在しており、現代においても3000年間近い歴史とその系譜は受け継がれています。
まとめ
この記事では、アルファベットの起源とも言われるフェニキア文字から派生したアラム文字についてご紹介いたしました。当時、アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸にまたがる世界最大の帝国を築いたアケメネス王朝の公用語に採用されたアラム語は、瞬く間に周辺地域に普及し、その地域によってはアラム文字がアラビア文字に派生したり、ヘブライ文字に変化したりと、時代の変化と共に様々な言語に生まれ変わりました。
現在使われている中東系の文字の大半が、このアラム文字の派生であると言われており。フェニキア文字がアルファベットの起源であれば、アラム文字は中近東言語の起源と言っても過言ではありません。テレビのニュースなどでイスラム関連の報道を目にすると、時折アラビア語が出てくることがありますが、これがまさにアラム文字の派生と考えると、だいぶ親近感が沸いてくるのではないでしょうか。