さっそくですが、「アルファベットをイメージしてください」と言われたら、みなさんはどのようなものを想像しますか?
日本人の場合には、A〜Zまでの26文字のローマ字(ラテン文字)をイメージされる人がほとんどかと思いますが、実はアルファベットとはABCなどの文字のことではなく、言葉を文字にするための1文字1音の発音文字で単語を作るシステムのことなのです。
このアルファベット文字体系には、ラテン文字(ローマ字)やギリシャ文字、キリル文字やアラビア文字があり、中でもアルファベットの起源に特に重要なのかギリシャ文字とラテン文字。そこで今回はギリシャ文字とラテン文字について、その起源と発展について探ってみたいと思います。
「アルファベット」という言葉の語源は、ギリシャ文字の最初の二文字「α(アルファ)」と「β(ベータ)」に由来していますが、なぜ私たち日本人は「アルファベット」と聞くとローマ字をイメージするのか、そして数学や自然科学分野ではなぜギリシャ文字が使われているのかなどについて考えていきたいと思います。
フェニキア文字から生まれたギリシャ文字
ギリシャ文字といわれても、あまりピンとこない人も少なくないと思いますが、円周率のπ(パイ)や総和のΣ(シグマ)、角度を表わすθ(シータ)や角速度のω(オメガ)などの数学や物理で使われる単位は、実はギリシャ文字に由来しているんです。
そんなギリシャ文字の起源は、紀元前9世紀頃の古代ギリシャに遡ります。当時の古代ギリシャ人は代ギリシャ語を表記するためにミケーネ文明の音節文字「線文字B」を使用していましたが、音節構造が複雑だったギリシャ語の表記には向いていなかったために、フェニキア文字を改良してギリシャ文字が作られることになったのです。
フェニキア文字とは、地中海東岸のフェニキア人によって使用されていた22の子音で構成された音節文字となり、「アルファベットのルーツ」とも言われています。母音がないことから文脈を推測する必要があったものの、覚えやすく書きやすいシンプルな構成であったことから、さまざまな言語に適応できる柔軟性がありました。
また、フェニキア文字などのセム系言語では、子音が言語の核となる意味や構造だったのですが、ギリシャ語はセム系言語の子音中心の構造とは異なり、母音が重要な役割を果たしていたために、フェニキア文字のいくつかの子音を母音に転用して、ギリシャ語の発音や音韻に合うように文字を調節したのです。
このようにして出来上がった、α、βからはじまる24文字で構成されたギリシャ文字は、ギリシャ語を公用語とするギリシャとキプロスなどで使われ、文学や哲学、行政や法律などの分野で重要な役割を果たしました。現代においてはギリシャ語だけがギリシャ文字を使用しており、ギリシャ語を公用語とするギリシャ共和国とキプロス共和国のみで使われています。
なお、ギリシャ文字は現代ギリシャ語とはいくつかの違いがあります。
文字の形状と発音
文字の形状は当時と現代では書き方やスタイルに違いがあります。また、発音は母音の長さやアクセントの位置などが現代とは異なっていました。
アクセント記号
古代ギリシャ文字には3種類のアクセント記号がありましたが、現代ギリシャ語では、アクセント記号の使い方が大幅に簡素化され、現在使われているアクセント記号は以下の1種類です。
文法と語彙
古代のギリシャ語の文法は複雑な文法体系でしたが、現代ギリシャ語は簡素化され、格の数は減少し、動詞の活用も古代ほど複雑ではありません。また、現代ギリシャ語は、古代ギリシャ語の語彙を用いつつも、外来語や新しい言葉が加わっています。
しかしながら、ギリシャ文字から派生した文字はとても多く、ヨーロッパ大陸やコーカサス地方(アゼルバイジャン、ジョージア、アルメニア)を中心にさまざまな民族が用いるようになり、中でもエトルリアを経由してできたラテン文字はその代表といえるでしょう。
ラテン文字が築いた文字の標準化
紀元前7世紀頃にギリシャ文字やエトルリア文字の影響を受けて形成されたラテン文字。
あまり馴染みがない印象もありますが、ラテン文字とは「A」「B」「C」などの日本人がいう「アルファベット」や「ローマ字」のことで、正確には「ラテン文字」や「ラテンアルファベット」といわれます。
もともとはローマ帝国を作った古代イタリア人の一派であるラテン人がラテン語の表記に用いた文字であり、ローマ帝国の公用語として普及しました。当初のラテン文字は20文字しかありませんでしたが、領土拡大の過程でさまざまな民族の言語を取り込んで、1000年以上をかけて現在の26字が作り上げられ、現在において最も使用人口の多い文字となりました。
ラテン文字を使用する国と言語の一例
ヨーロッパ
イギリス(英語)、フランス(フランス語)、ドイツ(ドイツ語)、イタリア(イタリア語)、スペイン(スペイン語)、ポルトガル(ポルトガル語)、オランダ(オランダ語)、スウェーデン(スウェーデン語)、ノルウェー(ノルウェー語)、デンマーク(デンマーク語)、フィンランド(フィンランド語、スウェーデン語)、
北アメリカ
アメリカ合衆国(英語、スペイン語)、カナダ(英語、フランス語)、メキシコ(スペイン語)
南アメリカ
ブラジル(ポルトガル語)、アルゼンチン(スペイン語)、チリ(スペイン語)、コロンビア(スペイン語)
アフリカ
南アフリカ(英語、アフリカーンス語、他の公用語)、ナイジェリア(英語)、ケニア(英語、スワヒリ語)、アンゴラ(ポルトガル語)
アジア
フィリピン(フィリピン語(タガログ語)、英語)、インドネシア(インドネシア語)、マレーシア(マレー語)、シンガポール(英語、マレー語、タミル語、中国語)
オセアニア
オーストラリア(英語)、ニュージーランド(英語、マオリ語)
このように世界の多くの国の言語はラテン文字を使って記しますが、必ず26文字を使うのではなく、スペイン語は 27 文字、ドイツ語は 30 文字、ポーランド語は 32 文字というように言語によっては使わない文字があったり、反対に26文字以外の文字を加えたりする言語もあります。
また、発音もそれぞれの言語によって異なります。
というのも、ギリシャ文字を用いた際に言語の音韻体系に合わせて作られているため、たとえ同じ文字であっても異なる音として発音されることがあるのです。そのため、特定の言語のつづりを正しい発音で読めるのはその言語を知っている人だけとなり、たとえば、日本語のローマ字表記を正しく発音できるのは日本語を知っている人だけなのです。
ローマ字表記とは、日本語の発音を外国人に示すものだと思っている人も少なくありませんが決してそうではなく、外国人が理解できる文字で日本語の情報を伝える手段として使用されます。
ギリシャ文字はなぜ数学や物理で使われているのか
先ほどもお伝えしたように、円周率のπ(パイ)や角速度のω(オメガ)などの数学や物理などの分野でギリシャ文字が多く用いられていますが、なぜギリシャ文字なのか考えたことはありますか?
ギリシャ文字が用いられる理由は諸説ありますが、数学や科学が最も発展した歴史的背景や記号としての使いやすさ、国際的な共通記号として認識できるといった3点が有力でしょう。
歴史的背景
歴史的にみて、数学や哲学、自然科学などの分野が最も発展したのは古代ギリシャ時代であり、ピタゴラスやアルキメデス、ユークリッドなどの学者たちは、多くの功績を残し、数学や物理学の基礎を築きました。そのため、彼らの著作や理論はギリシャ文字で記され、その伝統が現代の科学や数学の分野でも続いていると考えられます。
視覚的区別と記号としての使いやすさ
ギリシャ文字はラテン文字と異なる形状です。
ラテン文字が主に文章で使用されるのに対して、ギリシャ文字は記号や単位として用いることで、数式や論文内で視覚的に区別しやすくなります。
アルファベット26文字では足りない
学数学や物理の数式は多くの記号が必要となり、アルファベットのaからzの26文字だけでは足りないために、ギリシャ記号を導入した経緯もあります。
このように、数学や自然科学分野でギリシャ文字が使われるようになった背景はいくつかありますが、ギリシャ文字の大文字・小文字、読み方は以下の通りとなります。
ギリシャ文字の一覧
小文字 | 大文字 | 読み方 | 使用例 |
---|---|---|---|
α | A | アルファ |
方程式の解
抵抗率の温度係数 α
α線
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β | B | ベータ |
方程式の解
ベータ関数 β
β線
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γ | Γ | ガンマ |
比熱比 γ
γ線
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δ | Δ | デルタ |
変位
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ϵ | E | イプシロン |
誘電率 ϵ
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ζ | Z | ゼータ |
ゼータ関数
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η | E | イータ |
変数 η
|
θ | Θ | シータ |
角度 θ
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ι | I | イオタ | あまり使われない |
κ | K | カッパ | 曲率 κ |
λ | Λ | ラムダ |
波長 λ
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μ | M | ミュー |
摩擦係数 μ
透磁率 μ
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ν | N | ニュー |
光の振動数 ν
ニュートリノ
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ξ | Ξ | グザイ |
統計力学の大分配関数 Ξ
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o | O | オミクロン |
ランダウの記号 O
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π | Π | パイ |
円周率 π
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ρ | P | ロー |
密度 ρ
抵抗率 ρ
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σ | Σ | シグマ |
標準偏差 σ
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τ | T | タウ |
時間を表す変数
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υ | Υ | ウプシロン | あまり使われない |
ϕ | φ | ファイ |
初期位相 ϕ
磁束 φ
ポテンシャル φ
波動関数
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χ | X | カイ |
カイ二乗分布
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ψ | Ψ | プサイ |
角度(オイラー角)
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ω | Ω | オメガ |
角速度 ω
1の三乗根 ω
電気抵抗(オーム) Ω
オメガ粒子 Ω
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まとめ
今回はアルファベットの起源の中で最も重要なギリシャ文字とラテン文字についてお伝えしました。地中海全域を制したフェニキア人が作ったフェニキア文字に母音要素を組み合わせたギリシャ文字とギリシャからエトルリアを経由してできたラテン文字は、言語はもとより数学や科学の基礎を築き、現代においてもそれぞれの分野で重要な役割を果たしています。
普段何気なく使っているアルファベットも、これらの文字が誕生したことで確立したもので、何千年もの時を経て古代から使われていると思うと考え深いものですね。文字の起源を学ぶことは異なる文化間の影響や関係性を知ることができますので、興味のある文字があればその起源を調べてみると面白いかもしれません。