インダス文字とは、インダス文明で栄えたハラッパーやモヘンジョダロなどの都市で使用されていた古代文字です。
インダス文明は古代四大文明の一つですが、文字が解読されていないため、他の文明(メソポタミア文明、エジプト文明、中国文明)に比べて著しく研究が遅れています。
なぜ解読できないのか、解読の可能性はあるのか、今回はそんな謎に包まれたインダス文字についてお伝えします。
高度に発達した古代都市
インダス文明とは、紀元前約3300年頃(エジプトのクフ王のピラミッドができた頃)に、現在のパキスタンやインド、アフガニスタンのインダス川周辺の数百万平方キロメートルに及ぶ広域で栄えた文明で、紀元前1800年頃に消滅したとされています。
メソポタミア文明やエジプト文明より500年ほど遅れて発展した文明ではあるものの、その二つの文明よりも高度に発達した都市が建設されていました。というのも、インダス文明の代表的都市遺跡のパキスタン南東部にあるモヘンジョダロやパキスタン北東にあるハラッパーなどでは、大小の道路によって碁盤の目のような都市構造になっていたのです。また、下記のように現代にも通じる近代的な設備やシステムも整っていました。
- レンガで作られた下水道や水洗トイレ
- 浄化槽による汚水の浄化システム
- 個人用の浴室や公共の浴場の設備
- 共同のゴミ捨て場と定期的なゴミ収集のシステム
これほどの技術やシステムが約4500年前に存在したいたことに驚きを隠せませんが、遺跡から発見された象形文字すら解読できていないことに加え、パキスタン、インド、アフガニスタンの国際関係の影響もあり、このインダス文明の発掘や研究はあまり進んでいません。
石や土器などに刻んだ文字を残して、突如歴史の闇の中へ消えてしまったインダス文明の人々。紀元前1800年頃に消滅した彼らは、一体どこから来て、どこに行ったのか…。彼らが残した文字を解読できれば、文明の起源や衰退についての謎が解けるのではないでしょうか。
なぜインダス文字は解読が困難なのか
歴史的な未解読文字として、インダス文字は長きにわたって研究が続けられています。
インダス文明が興った時代には、メソポタミア文明では楔形文字、エジプト文明ではヒエログリフなどの文字が使われていました。そして、それらの文字は現代において解読されていますが、なぜインダス文明のインダス文字は未だ解読できないのでしょうか。
実は、解読できないのはインダス文字だけではなく、エジプト文明のヒエログリフもかつては解読に難航していた時があるのです。しかし、ヒエログリフは下記の条件が揃ったことで解読に成功しました。
- 末裔にあたる言語がわかっていたこと
- 3つの言語で同じ内容の文が刻まれた石碑が発見されたこと
ヒエログリフの末裔にあたる言語とは、4世紀以降にエジプトで使われていた「コプト語」のことであり、キリスト教徒によって儀式で使う書き言葉として残っていたのです。また、1799年には「ロゼッタストーン」と呼ばれる巨大な石碑が発見され、そこには古代エジプトで使われたヒエログリフとデモティック、古代ギリシア語の3種類の文字で同じ内容の文が刻まれていたのです。
このような情報がヒエログリフ解読の手掛かりとなったのですが、インダス文字に関しては下記の通り解読に役立つ情報が少なく、現在においても未だ解読できないのです。
- インダス文字の末裔にあたる言語が特定できていない
- 発音を知る資料の不足
- 言語や文字の使用方法に関する理解が不十分
- 文字方向や文法などの基本的な特徴が不明確
モヘンジョダロやハラッパーという遺跡の名称も、実は後世の人々が勝手に名付けたもので、当時はなんと呼ばれていたかも定かではないんですね。
解読の試み
インダス文明が認識されるようになったのはイギリス支配下の19世紀になってからのことで、インダス文字に関しては1877年にイギリスの考古学者であるアレキサンダー・カニンガム博士が、現代のブラーフミー系文字の祖先だとする仮説を立てました。
ブラーフミー文字とは紀元前3世紀に現れた文字であり、南アジアや東南アジア、チベットやモンゴルなどの文字体系の祖であり、その数字は私たちが普段使用しているアラビア数字の直接の祖先です。形が似ているために、発音を推測して読む試みを長年試しているものの、なかなか解明には至りませんでした。
1960年代になると、マヤ文字の解読に大きな貢献を果たしたソ連の言語学者ユーリー・クノロゾフ博士らとアスコ・パルボラ博士を中心とするフィンランドの研究者グループがコンピューターを用いました。それにより、修飾語や名詞、形容詞などの文法的な特徴の解明が進み、これらの特徴からドラヴィダ語との関連性があるとしました。
なお、現在のインドで暮らす人々の言語系から考察すると、このドラヴィダ語系が有力だと考えられています。現在のインド人はドラビィダ系(約20%)とインド・アーリア系(約75%)の2つに大別でき、南部に多いドラヴィダ系は、もともとは地中海地方から紀元前3,500年程にインダス河流域に移動し、インダス文明を築いたとされているからです。
一方の北部に多いアーリア系は、紀元前15世紀ころにインダス河上流地方に侵入し、北インドへと移動し、このことによってドラヴィダ系はアーリア系に追われて、次第にインド亜大陸を南下したのではないかと考えられています。
このように民族の歴史から考察することで、インダス文字はドラビィダ語系だと推定したいところですが未だ文字の解明には至らないため、アーリア語からの解読に挑戦している研究者もいるようです。
実は記号?文字ではない可能性もある
なお、これまで発見されているインダス文字は、凍石(とうせき)製の印章や土器などの遺物に動物などの姿とともに刻まれているもので、ひとつの印章に対してインダス文字が2〜5個描かれるものが多く、長いもので17文字が発見されています。
また、文字の数は400種類を越えると考えられているものの、表音文字(音を表す文字)としては多すぎ、表意文字(定の意味を表す文字)としては少ないと考えられることから、アルファベットや特定の意味を持つ個々の単語、音を表現するための文字体系でなく印章やシンボルとして使用されていた、単なる記号である可能性が高いのではないかといった見解もあります。
インダス文明はメソポタミア文明と貿易をしていたために、メソポタミア方面の異なる言語を話す人々との取引のために身分証明書や手形などとして、ロゴマークやピクトグラムのように使われていたと考えれば納得のいくものですが、脳科学研究専門のラジェッシュ・ラオ博士による人工知能(AI)を駆使した研究では、文字の並びは不規則さがあることから、やはり文字を書き表しているといった結果が出ていることから、文字でありシンボルでもあったと考えられるのではないでしょうか。
AIが解き明かす?未解読インダス文字への挑戦
なお、このAI技術を活かした研究は、ChatGPTをはじめとした、ここ数年の急速な発展により、インダス文字などの未解明な古代文字の解読に重要な役割を果たすことになるでしょう。古代文字の解読にAI技術を活用する主な目的は2つ。
1つ目は、AIが大量のデータを分析し、パターンや規則性を見つけ出すこと。
古代文字を解読するためには、テキストや関連する情報が膨大に必要となりますが、AIの高度なデータ処理能力によって、これまで見過ごされていたパターンや規則性が明らかにされることがあります。
2つ目は、AIが他の言語や文字との関連性を分析し、類推すること。
AIは膨大な言語データに基づいて学習し、その知識を応用することができるため、既知の言語や文字と未解読の文字との類似性や差異を探り、その類推能力を活かして解読に挑むことができます。
しかし、AIが未解読文字を解き明かすには、いくつかの課題があります。例えば、インダス文字のように、文字なのかシンボルなのか不明な場合には、多くの情報が必要となり、その意味の解読はより困難をきたすことでしょう。
また、古代文字の解読は、その背後にある文化や歴史的背景を理解することが重要であり、AIだけでなく考古学者や言語学者との協力が不可欠といえます。AIだけに任せるのではなく、人間の連携があってこそ未解読文字の解読への道が開かれることでしょう。
いかがでしたか。
「AIがインダス文字を解明!」といったニュースが数年後には舞い込んできそうですが、発音を知る資料やその末裔にあたる言語などが見つかれば、謎解きゲームのようにインダス文字、インダス文明の謎を解くことできるのではないでしょうか。